「咀顎目」とは...

 チャタテムシ目とシラミ目(ハジラミ類+シラミ亜目)は,互いに共通祖先から由来した近縁な昆虫であると考えられており,これらは Psocodea と呼ばれる分類群を構成します (Rudolph, 1982, 1983).長い間,チャタテムシとシラミはそれぞれ独立の「目」として扱われてきましたが,近年の形態情報 (Lyal, 1985) および塩基配列情報 (Yoshizawa & Johnson, 2003) に基づく系統学的研究により,”チャタテムシ目” (Psocoptera:別称 噛虫目)が「側系統群」(共通祖先から由来した子孫の全てを含んでいない分類群)である事が明確に示されました.つまり,シラミ目(Phthiraptera)は,チャタテムシ目とは独立した目ではなく,チャタテムシに包含されるグループである事が明らかになったのです.
 さらに,最新の塩基配列情報に基づく系統学的研究の結果 (Johnson, Yoshizawa & Smith, submitted) ,”シラミ目”(Phthiraptera)が実は「多系統群」(共通祖先に由来しない分類群)である可能性が高い事が示されました.つまり,シラミ目のマルツノハジラミ亜目(Amblycera)は,チャタテムシ目のコナチャタテ科 (Liposcelididae)と最も近縁で,他のシラミの亜目(ホソツノハジラミ亜目 Ischnocera,ゾウハジラミ亜目 Rhynchophthirina,虱亜目 Anoplura)とはむしろ系統的に離れている事が示されたのです.
 単系統群(共通祖先から由来した全ての子孫を含む分類群)のみを有効な分類群と認める立場 (Hennig, 1966) に立つと,”チャタテムシ目”も”シラミ目”も,有効な分類群としては認められません.また,側系統群も有効な分類群と認める立場 (Mayer, ) からも,”シラミ目”は有効な分類群としては認められません.そのため,長い間認められてきたこれら2つの目の再構成が必要となりました.
 側系統群を認める立場であれば,これまで通りチャタテムシ目を認め,シラミ目を2つに分割する事を提唱するでしょう.しかし,筆者は単系統群のみを有効な分類群と認める立場に立っており,このような取り扱いを受け入れる事は出来ません.単系統群のみを有効な分類群と認める立場からは,(1)チャタテムシ目,シラミ目をいずれも細分し,いくつかの独立目として扱う (2)チャタテムシ目,シラミ目を一つの目 (Psocodea) にまとめる のいずれかが,問題解決のための有効な手段として受け入れ可能です.
 (1)の解決策をとるには,シラミを2つ,チャタテムシを少なくとも6つの独立した「目」に分割する必要があり,現実的な解決策とは言えません.一方で,(2)の立場は,すでに一部の研究者によって提唱されており (Hennig, 1981; Kristensen, ),より現実的な解決策と言えます.
 Psocodea に対しては,山崎 () により「咀顎類」の名称が与えられています.